| 2003 ワールドカップ 幕張大会 |
| ポンツーンとは浮き桟橋用の箱状をした台船のことである。トライアスロンにおけるワールドカップレベル以上のレースのスイムは飛び込みスタートと規定されている。多くの大会においてスタート台としてこのポンツーンが使用されている。 前夜から吹き荒れている風と荒波によって、用意されたポンツーンが結合された部分で分断されてしまった。鋼鉄で出来た幅4m、長さ6mと9mの箱状の船台を3台連結して作られていたものである。波にもてあそばれ、分離した船台同士がぶつかるたびに地響きのような音をたてている。 今回の舞台は幕張メッセ周辺、マリンスタジアムを拠点としてコースが設営されている。石垣島、蒲郡に続く3度目のワールドカップ日本開催である。 計画されていた浜田川河口のスイムコースは使用不能となってしまった。 スイムを中止し、デュアスロンとするか、スイムを行なうとしたらコースは?スタートは? デュアスロンとなるとワールドポイント対象外となってしまう。 女子スタートまで1時間。 浜田川を上流にさかのぼる往復スイムコースが急遽決定。 護岸の柵を外し、2本のアルミ製の梯子が水面に下ろされる。護岸は垂直である。 スタートはフローティング、フィニッシュはこの2メートル弱の梯子を上る形で行なわれることとなった。 役員、業者の迅速な対応と作業で1時間遅れではあったが女子がスタート。 依然雨こそ降っていないもののかぶっている帽子が吹き飛ばされるほどの強風である。 参加男子41名。 スタートは10時35分。気温25度。水温21度。南の風。湿度80%。 護岸から次々に選手が川に飛び込む。対岸まで張られたロープの下に集まる。河川内とはいえ強風と海から打ち寄せる波で水面は大きく波打っている。選手全員が上下に翻弄されながらスイムスタート。海外では当然のごとく行なわれる程度の荒波であるが日本選手にとっては経験の少ない悪条件である。 上流に向かって600m弱にある橋脚を折り返す一周回。干潮12時半。 上流からの緩やかな流れと逆波を避けるように多くの選手が護岸沿いぎりぎりに進路をとる。アメリカのアンディ・ポッツやジョー・アンフェナー、などの大柄な選手がぐいぐい前を引く。カートニー・アトキンソン(AUS)、平野 司が続く。福井は護岸沿いに寄れず川の中央よりを進む。やはり流れの影響か折り返しは最後方。 アンディー・ポッツ、カートニー・アトキンソン、平野 司の順でスイムフィニッシュ。その後の選手は梯子を上るのに順番待ちをしながらのフィニッシュである。福井は後半で数人を抜いて上陸。 バイクは海岸通り、一周6.7kmを6周回。 スタートしてすぐ13人の第一集団と残りの選手の大きな第二集団が形成される。 1周目その差は30秒。第一集団には先月のハンブルグ大会で優勝したアンドリュー・ジョーンズ(GBR)、2001年石垣島大会でワールドカップ初優勝をしたカートニー・アトキンソン、新鋭ブライス・カーク(AUS)など。また日本選手では平野 司、田山 寛豪が入っている。ゴールドメダリストのサイモン・ウイットフィールド(CAN)、ドミトリー・ガーグ(KAZ)などの強豪を含め、日本選手の西内 洋行、竹内鉄平のトレーニングパートナーの新鋭佐藤 治伸、福井等は第二集団。 メッセに近いビル群の周りはほとんど風を感じないが、ビル群を抜けて美浜大橋の登りの手前辺りから激しい向かい風となる。美浜大橋を渡りきり、次の信号をUターン、再び美浜大橋を追い風の助けを借りて登り、マリンスタジアムへ向かう。 第一集団はジョーンズらの仕切りかきれいな先頭交代を繰り返しながら一定のペースで周回を重ねる。第二集団は足を残したいウイットフィールド、ガーグ等の走りでなかなかペースが上がらない。 周回を重ねるごとに第一集団と第二集団の差は開いて行く。 第一集団にいる平野、田山はバイク後半になると集団後方をかろうじてキープ。義務的な先頭交代を繰り返したせいか5周目には田山が集団から切れかかる。 第一集団はカートニー・アトキンソンをトップにブライス・カーク、アンドリュー・ジョーンズの順でバイクフィニッシュ。第二集団は最終周の復路、美浜大橋の登りでスペインのダビッド・カストロ(ESP)、オーストリアのステファン・ベルグがエスケープ。すかさず福井が追う。それを見ていたガーグも追走。 最終的に1分30秒開いた第二集団は福井を先頭にこの4名が集団を100メートルリードしてフィニッシュ。福井は第二集団の中でトップのランスタート。 ランコースは海岸通りとマリンスタジアムの間にある遊歩道から海岸線にある遊歩道まで出て折り返す一周3.3qのコースを3周回。 ランに入るとバイクフィニッシュトップ3人が他を寄せ付けない走りでデッドヒートを繰り返す。優勝争いは3人に絞られる。 福井はランスタート後ペースが上がらず次々抜かされ、35位前後まで順位を落す。 トップ争いは3周目残り2キロでジョーンズがスパート、カーク、アトキンソン等に一気に差をつけて勝負を決めにかかる。ジョーンズは2人を甘く見ていた。必死にくいさがる2人。弱い相手ならこのスパートも早すぎたとはいえないが、この2人はジョーンズが予想したより強かった。ジョーンズのリードは1kmと続かない。 最後の直線からカートニー・アトキンソンがブライス・カークを10秒リードして危なげなく優勝。ジョーンズの早すぎたスパートはアトキンソンに最終的に25秒の差を与えてしまった。 福井は後半一度抜かれた山本 良介、竹内 鉄平等を抜き返し30位でフィニッシュ。 スイムでもビリから数名を追い抜き、またランでも順位にこだわらず最後に数人を抜き返す粘りを見せている。今回はスイムのミスコースが痛手であった。 すぐそこにある上位フィニッシュになかなか手が届かないもどかしさを感じるが、この粘りと、決してあきらめない気持ちを持ち続ければ近い将来必ず女神の微笑を見る事ができるだろう。 |
| HIDEN’S COMMENT |
レース当日、ガタガタとなる窓の音で目が覚めた。外を見ると木が大きく揺れ強い風が吹き荒れていた。「海は大丈夫か?」朝食を取っていると不安は的中した。海が荒れスタート台が壊れているという一報だった。変更があっても動揺しないよう気を引き締めて部屋を出た。 レース会場に着くと海は荒れ、スタート台は二つに破壊されていた。しかしコースを急遽変更し行うというアナウンス。「よし、行くぞ!」と気合を入れた。 AM10:35男子スタート。荒れた河口からフローティングですぐに号砲は鳴った。波の影響で左側右側でスタートの出遅れが右側にでた。自分は右側スタートでスタート直後にすぐに最後尾まで落ちているのに気付く。焦りを押さえ、1周回になったコースでコーナーをうまくかわし、なんとか集団に入ることが出来た。後半は波を食らいながらも必死に泳ぎつづけた。スイムフィニッシュ31位。第2集団の後方か? バイクも前半は追い風で、必死になって前を追った。周回の向かい風になるところに来ると集団はペースが落ち、とりあえず第2集団に落ち着く事が出来た。第1集団とは30秒差と告げられるが、第2集団はうまく機能しない。アッタクする選手もことごとく潰された。7周回のコースで先頭集団とは徐々に差が開き始めていた。それでもラストにアタックした自分を含む4人で15秒位を稼ぎランへ移った。 軽い走りだと感じながら前半から行こうと決めた。少しずつ抜かれていったが地元の声援に後押しされ気持ちを切らすことなく走った。後半は切れがなくなりスムーズな走りが出来なくなってきている事を自分でも良く感じた。現時点でのすべてを出し31位。調子はまだまだ上がると思えた。疲労の中から次のレースへのモチベーションは高まった。 |
| 福井 英郎 |