| 2004 アジア選手権 フィリピン大会速報 |
日本はオリンピック出場枠獲得という最大の目標を達成できずレースは終了した。 トライアスロンは本来完全な個人競技であった。 スタートからゴールまで誰の手も借りずに完走することに大きな意味と価値があった。 しかし、シドニーオリンピックで正式種目に認定され、各国に数名の参加枠が設定されたとき、本来のトライアスロンはエリート部門に限り変質せざるを得なくなった。 個人の争いから団体での争いと、考えを変えなければならないレースが表出してきたのである。 3種目のうちバイクレグがレース展開の戦略上もっとも大きな影響を持つパートである。 シドニーでなぜオリビエ・マルソーがバイク最後の一周で集団を1分30秒も引き離してラントップスタートできたのか?3人枠を持っていたフランス選手達の戦略的な動きがあったことを感じさせる。 また次のアテネにおいても、3枠を確保しているスペインはあのイワン・ラーニャに金メダルを獲得させ、スペインのナショナルフラッグを表彰台の中央に揚げるため、2名をアシストとして選抜しているといううわさは根も葉も無いことではないだろう。 このような全体主義的な戦略が必要なレースにおいて、日本のトライアスロン界の意識は世界から4年以上遅れていると言わざるを得ない。 |
アジア選手権 スービック大会 |
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海外にある米軍駐屯地として世界最大の基地であったスービック。フィリピンはマニラの北西120キロにあるフリータックスポートを擁する特別行政地域として、フィリピンの中では格別な安全が確保されている。
アジア選手権は地域別選手権として、優勝者を出した国にオリンピックの出場枠1つが与えられる。 アジア9カ国よりエリート男子24名の代表が集結。各国とも今回の最大の目標は参加選手の個人の成績より、優勝者を出してこの1枠を獲得することである。 日本にとって、元世界チャンピオンのドミトリー・ガーグを擁するカザフスタン勢3名が最大のライバルとなる。ガーグはもちろんであるが、昨年以来着実に力をつけているダニル・サプノフが日本勢6名の前に立ちはだかっている。西内洋行、山本良介、平野司、山本淳一、田山寛豪、そして福井英郎がアジア選手権日本代表である。 気温35度C、湿度70%、南の風、晴れ時々曇り。会場はスービック湾の底辺にある海浜公園。遠くの対岸のように感じる山は湾の右手からつながっている。湿度のせいか晴れている日中でももやでかすんでぼんやりしか見えない。2004年4月4日。 午前9時15分、湖のような静かな遠浅の海面にビーチスタートした24名の選手が飛び跳ねるように飛び込んで行く。まっすぐ沖に向かって約350m、右回り2週1500mのコースである。 一週目、浅瀬に最初に立ち上がったのはやはり平野司。単独である。100m近く差がつき田山、西内、山本良介等10名程の集団が浜辺を右回りに折り返して2週目に入っていく。 このまま平野が単独で2位に40秒の差をつけてスイムフィニッシュ。福井は集団をキープしてスイム順位8位。 バイクコースは、高低差40mの中に6%強の斜度を持つ坂がコース中盤にある一周約13kmを3週。 一週目、坂に入って先行していた平野を後続の日本勢5名とガーグ、サプノフのカザフ勢2名と香港のリー・チー・ウーが捕らえるが、集団前方にいた山本淳一が平野に追いつくと同時にアタック。追いつかれるまであまり無理をしていなかった平野とガーグがそれに続く。後続6選手のペースもわずかに上がる。リー・チー・ウーがちぎれる。平坦に入って約300m先行した山本(淳)、ガーグ、平野の3人が主に山本を先頭にハイペースをキープする。 ガーグが含まれているので、この逃げは日本勢にとってまったく意味を持たない。この前半戦からの逃げが決まってくれれば、ランでは世界のトップレベルの力を持つガーグにとってはラッキーである。この時点でガーグの仕事はこの2人の足を使わせるか2人を集団に引きずり戻す事である。日本選手が引っ張ってくれるのであればついて行けばよい。日本勢の一角が足を使ってくれることはカザフ勢にとって有利である。ガーグはまったく引く必要はない、というより引いてはいけない立場である。 後続の日本人4名とサプノフの5名が日本選手を先頭に前を追う。前の3人が逃げを決めてしまうのは日本勢にとって非常に危険である。後続集団は追わざるを得ない。そしてもちろんサプノフが前に出ることは無い。出たときはペースを落とせばよいのである。否応無く日本選手がペースをあげなくてはならない。2名のカザフ選手に6名の日本選手達が翻弄されている。 2週目の坂の手前までこの意味のない逃げを後続集団が追う。一周弱。坂に入る手前で3人に集団が追いつく。と同時に山本良介がアタック、単独でのエスケープに成功しかかるが、後ろから今度はサプノフを先頭に追い上げてくる。平坦路に入る。カザフにとって日本人のみの逃げは許したくない。長くは続かない。再び吸収されると同時に福井がアタック。2週目最終コーナーを福井が集団に10秒弱リードして単独通過。サプノフ、ガーグを先頭に追い上げてくる。必要なときには足を使う。カザフは戦い方を知っている。 3週目32キロ地点付近で福井を吸収。あと2キロで最後の坂にさしかかる。バイクで集団ゴールはしたくない。ガーグのランは世界のトップレベルだ。坂の中間で再び福井がアタック。残された集団の前部を日本選手勢が固めカザフ勢をブロック。カザフの追い上げを阻止する。残り6km。福井の2度目の逃げをサポート。積極的に速度を落とす。カザフも出るに出られない。 福井が逃げる。すばらしいスピードだ。強い日差しが福井の姿を立体的に浮き上がらせている。 誰一人アドバンテージを取れぬままバイクレグを終ってしまっては、日本勢に勝ち目は無くなってしまう。終盤に足を使うことは非常に不利である。気温35度、湿度70%の中でのランが待ち受けている。最後の最後に打った怒りを感じさせる捨て身の逃げは集団に2分40秒の差をつけてフィニッシュ。 高温、高湿度、直射日光の中で福井はランレグを単独でスタート。市街地長方形のコースを右回り4周、10km。フォームに乱れは無いがさすがにスピードが乗らない。暑く重い空気の中をただ一人掻き分けて行く。2分40秒遅れてスタートした後続集団から田山を先頭にガーグ、サプノフと追い上げてくる。2週目に入ったときに2位田山との差は1分50秒。田山の後方20mぐらいにガーグ、その後ろ10m離れてサプノフ。勝負はこの4人に絞られた。 ガーグは田山との差をつめようともしなければ、それ以上離れるわけでもない。ほぼ一定の間隔をおいて追走している。田山に逃げ切れる期待を持たせながらハイペースを維持させる作戦か?不気味である。 3週目に入る時にもその順位は変わらず、福井と田山の差は1分を切るまでに詰まる。ガーグ、サプノフの位置は変わらない。その後ろから山本良介、西内洋行が追い上げてくるが、サプノフとの差は徐々に開いて行く。4周目に入る。田山が大きな声を出せば福井はその声を聞き取れる距離まで詰まる。8キロ地点で田山が福井を交わす、続いてガーグ、サプノフにも抜かれる。バイクで使った足は戻らぬまま、肩には熱い空気がずっしりと乗っている。残り1km、田山のペースがわずかに落ちる。ガーグ、サプノフがスパート。田山をあっさりと抜いて行く。ゴールにあるオリンピック出場枠をつかんだのはガーグ。2位サプノフ。田山は9秒遅れの3位、福井は4位でフィニッシュ。ガーグとサプノフの差は公式記録で1秒となっているが、ゴール直前ガーグは2位がサプノフであることを確認。疲労と暑さをかみしめるようにゆっくりと歩きながらフィニッシュゲートをくぐった。 後続集団が速度を落としたとはいえ、たった6kmで2分40秒の差をつけるバイクの走りは圧巻であった。バイク終盤に立て続けに2度のエスケープをして4位にねばれたのは、気候条件を考えるとりっぱと言える。3人に抜かれたとは言え日本人の中で4番目のランタイムであった。 福井の最後の逃げに、バイクであまり動かなかった選手がついてきていればもう少し面白い結果となったのではないだろうか。福井も捨て身での引き役に甲斐を感じることが出来ただろう。 大きなアドバンテージをとりながら枠獲得に貢献できなかった悔しさと怒りを次のレースにぶつけてほしい。 今大会において、日本選手のレベルが低いとは言え、6対2で戦って、完敗するということは参戦以前に根本的な間違いがあるのではないだろうか。 戦略の結果はALL or NOTHINGではない。70%以上の成果を挙げられれば大成功である。 戦略的な戦いの場合、短期的な結果に対して監督者等の責任を考えるのはナンセンスである。 戦略はいろいろな面で一貫性を持っていなくてはならない、一貫性に対し障害になる事柄は関係する役員等がその解決方法を探すべきだろう。 全体としての戦略が必要な場合、監督者たちは自信を持って選手たちと話し合って適切な戦略を練り上げるべきである。日本人に全体主義的な戦略による戦いは向いている。ただし経験が必要である。 このような方法が正しいか間違っているかではない。いつどのように始めるかである。 |