2004 世界選手権 フンシャル大会

 帰路の機内で「ラストサムライ」を見た。
 「彼はどんな死を迎えたのか聞かせて欲しい。」という問いに対して、「どんな生き様だったかなら聞かせよう。」と答える場面がある。
 この映画は生き様を話すことが出来る男達の物語である。
 そしてこの映画の中に登場する男たちの生き様とは、勝ち負けや失敗、成功にとらわれない、死の概念まで取り込んだ自らの理想に忠実であろうとする信念を持った生き方であり、その美しさに自らを溶け込ませていこうとする男たちの生身の表現である。
世界選手権 フンシャル大会

 地中海が大西洋に小さく開いている口元から西へ1000キロの洋上に浮かぶ小さな島、ポルトガル領マディラ。独特なワインで知られるヨーロッパ有数の美しい観光地である。

 午後4時15分、88名の世界のエリート男子がスタートラインに一列に並んだ。
 フンシャル港内、ポンツーンが砂浜から沖合いに向かって直角にせり出している。気温26度、水温20℃、乾燥した南東の風。晴れ。その空気や街並みに負けないくらい美しい水中にダイブスタート。海岸線を左手にした右回り2周回1500m。
 350m地点の第一ブイを回るころには全員が一つの固まりとなる。1週目トップはやはり平野であるが後続との差は無い。ほぼ全選手が100m位の長さの中に連なっている。1秒ぐらいづつの差で平野をトップに全選手が続々スイムフィニッシュ。福井はトップから1分10秒遅れの71位。3週前に行なわれたワールドカップ石垣島優勝のビーバン・ドカティ(NZL)42位、同2位ドミトリー・ガーグ(KAZ)43位、イワン・ラーニャ(ESP)53位。

 バイクコースは前半登り、後半一気に下るコースレイアウト。平坦部分は少ない。一周5kmを8周回。スタートしてから2キロ地点に距離400mで6〜7%の斜度の坂が待ち構えている。ここを8回通過しなければならない。美しい市街地コースである。
 2周回目、50人以上の第一集団と10数人の第二集団、同じく10数人の第3集団が形成される。第一集団に平野、田山、山本良介、第二集団に日本人は含まれず、第三集団に福井、西内が入り、山本淳一は更に後方である。
 3周回目に第一集団と第二集団との差が1分、第二と第三の差が30秒。4周回から6周回まで第一集団に逃げようとする多少の動きがあるが決まらない。第二集団、第三集団は積極的に前を追っているが、その差は徐々に開いていく。7周回目、第一集団と第二のそれは1分30秒以上、第二と第三の間も1分以上に開く。大きな第一集団の動きが最も活発である。第一集団は4人のスペイン勢が最も積極的に集団をコントロールしている。逃げようとしたり、集団のペースを上げて他国の選手の足を使わせようとする動きにも良く対応している。その中でもラーニャが同僚の先頭になる事はほとんど無い。第二集団にいる同じスペインのエネコ・ラノスもその集団を良くコントロール。オリンピックでの戦いを想定しているように感じさせる走りである。
 最終周、通常はランを意識してペースが落ちるものであるが、逆にペースが上がる。最終周でありながら第一集団の動きが最もアグレッシブである。世界選手権ならではの緊迫感が迫ってくる。福井はトップから4分遅れの60位代でバイクフィニッシュ。

 ランコースはバイクコースの一部、海岸沿いから内陸に少し入って折り返す、一周2.5kmを4周回。平坦は少なく高低差11mのピークポイントが2箇所、5mのピークポイントが一箇所のアップダウンを繰り返すコース。美しいコースに観客が鈴なりである。
 ドカティ、ラーニャ、ハミッシュ・カーター(NZL)、ガーグなどが続々ランスタート。
 最初の坂に差し掛かるころ田山が11番手で通過。スイムトップで上がり第一集団でバイクを終えた平野は38番手、苦しげである。福井60位前後。
 2週目ドカティ、ガーグ、ラーニャの3人が抜け出る。前半からハイスピードのデッドヒートを繰り広げている。登りを感じさせないスピードだ。田山はシェーン・リード(NZL)、アイガー・シソエフ(RUS)と7位争い。
 3周目に入り、先頭3人のスピードは落ちない。わずかに後ろを引き離している。4位争いはハミッシュとジャビエル・ゴメツ(ESP)、6位に単独でティム・ドン(GBR)。7位争いに田山、リード、シソエフである。福井の順位に大きな変動は無い。平野はずるずると順位を落としている。
 最終周、ドカティ、ラーニャが更にスピードアップ。ガーグがわずかに切れる。後方からティム・ドンとシソエフが追い上げてくる。ゴメツが遅れる。田山は切れる事無くこの8位争いの流れに食いついている。
 最後の直線、ドカティが前。ラーニャと手を合わせ最後の200mへ。ラーニャが仕掛ける。サイドバイサイドで命をかけたゴールスプリント! 美しい街中に響き渡るすさまじい応援と歓声。ドカティのストライドとラーニャのピッチが最後の路面をける。2人の胸にゴールテープが巻きつく。全ての動きが一瞬凍りつく。1時間41分の終幕。その差は0.8秒。ガッツポーズはドカティだ。責務を果たせなかったラーニャの姿。惜しみない拍手が2人に贈られる。新たな英雄の誕生だ。ラーニャ、ピーター、ドカティ、そして今回3位のガーグ、オリンピックで栄冠は誰の手に?
 田山9位、山本良介36位、西内40位、福井67位。

 雨の中オールグレン(トム・クルーズ)は剣豪と手合わせをする。一本を取られ木刀は地面に。木刀を拾い上げ再び戦いを挑む。痛打を受け地面に沈む。濡れた木刀を拾いヨロヨロと立ち上がる。打たれても打ちのめされてもまた立ち上がる。身体が動く限り挑み続ける。剣道の持っている潔さもこの執念を否定できない。過去の己が所業の贖罪として自ら甘受し神の許しを請う姿かもしれない。
 「ラストサムライ」をみて一つだけ残念な事があった。アメリカ映画であることである。